世界はワンネスであるとよく言うけれど
2023年1月8日
スピリチュアルでよく、全ては私であり、他者と自分の区別は本来ないものだと言われている。
でもこれを、日常生活で自覚することは難しい。
なぜなら、私たちは一人一人が違う特徴をもった肉体と、それにつけられた名前を持っているから。
良くも悪くも、それらの性質や性格も様々である。
人間社会では、人とは違う「個性」を要求されるし、人は「あの人とこの人は違う」「あの人は○○な人なんだ」という決めつけ・認識を無自覚にしている。これは、半分正しく、半分勘違いである気がする。
というのは、
同じ動作をしても、得意不得意があるように、個体としての差が生まれるという点で、あの人とこの人は違うのだ。例えば、同じ時間、同じ内容の勉強をしても、その出来が違うのはこれが理由。
次に、経験上、人間が認識する感情やそのシチュエーションというのは、似たり寄ったりである。例えば、仮に自分の配偶者が、過去に別の人と結婚していて、その人との子供がいることを知ったとしよう。これにプラスの感情を抱く人はいないだろうし、その子供も、複雑な感情を抱くに違いない。
つまり、この世の中は、得意なこと・不得意なことをそれぞれの個性で補う環境でありつつ、人間の抱く感情のメカニズムは共通しているのだ。鋭いことを言われれば傷つくし、温かい言葉は相手を優しく包み込む。
そして、全体として目指すべき方向は、優しい世界なのではないか。
相手に与えることができるのは、自分と相手が違うという認識が薄まっているときだ。
これを心から自覚することが、ワンネスだと思う。
無理をして、自我によって、「この世界はワンネスだ」と思うこととは全く別だ。
恐らく、世界はそのようになっている。
だから、人間は協力することができるのだ。
協力する、一つになることに幸せを感じるのだ。